第二の故郷と出会い、東京との1.5拠点生活へ。 「ネイバー」としてロゴを制作した思い

2021.12.17


「西陣を自分たちの手で面白くしていこう」と動きはじめた西陣ネイバーフッド。

立ち上げの経緯やコアメンバーについてはこちらの記事でご紹介した通りですが、すでに京都外から「ネイバー」としてプロジェクトに関わってくれている人がいます。東京と京都の1.5拠点生活を送る、大藤雅幸さんです。

大藤さんは、月のうち1週間を京都で過ごすスタイルで、西陣ネイバーフッドにもデザイナーとして参画。ロゴの制作をはじめ主にクリエイティブ面で力を発揮しています。
今回は、出会いからロゴの制作秘話までこれまでのプロセスを、メンバーの三ツ木隆将とタナカユウヤを交えて語ってもらいました!

大藤雅幸
オパスグラフィカ代表・デザイナー。油絵科出身でありながらデザイン科でも長年教鞭を執った経歴と同様に、アートと商業デザインの世界を行き来しながら国内外での活動は多岐にわたる。東京都商工会連合会の専門家任命を受けたことを機に「地域格差を是正する為にデザインの力を使う」ことを意識し、名産品ブランディング等の地域案件を数多く担当。近年では多くのヒントを感じる街「京都」と地元東京の1.5拠点生活を続けている。

偶然が重なった西陣との出会い

まずは西陣に関わるようになった背景からお伺いしていきます。意外にも、西陣ネイバーフッドのメンバーとの出会いは約4年前。ひょんなトラブルだったそう。

大藤:仕事でたまたま京都に来ていたとき、急ぎの修正が入ってWi-Fiのある仕事場を探していました。検索で出てきたのが「385PLACE」。行ってみるとタナカさんがいました。

三ツ木:ちょうど子どもが学校から帰ってくる時間で忙しいのに、タナカさんから「めっちゃ面白い人がいるから来てください」っていきなり呼び出されて……。でも話してみると、大藤さんとは共通の知り合いがたくさんいることが判明して、大盛り上がり!初対面なのに同窓会みたいになりました。

大藤:その日を境に、急に京都に地元ができたみたいな感覚をもって。関西出張があるたびに、京都に宿を取り、一緒にご飯を食べる仲になりました。

「385PLACE」で初対面

 

関係が深まった西陣は「第二の故郷」

ゆるやかなつながりを保ちながら、4年の月日が流れた2021年春、大藤さんは1.5拠点生活をはじめました。西陣に一歩深く関わろうと思ったのはどういう心境の変化があったのでしょうか。

大藤:さっき「地元ができた」と言いましたが、まさにそれで。僕は東京生まれ東京育ちで、親戚もみんな東京のため帰る田舎がありません。でも西陣は第二の故郷的に思っていて。西陣ネイバーフッドは、田舎をもたない人にとっての故郷になれるんじゃないかと思うんです。

大藤:もう一つが、伝統産業を現代にフィットさせようと動いている人がいること。僕は機織りが盛んなエリアで生まれました。おそらく染め物文化が衰退したプロセスを見た最後の世代です。なぜ衰退したか考えると、問題を自分たちだけで解決しようとしすぎたことにあるんじゃないかって。ポジティブな面は広報するのに、ネガティブなことは隠そうとしたため外から助けてくれる人がいなかったんですよね。

もっとオープンにしていたら、結果は変わっていたんだろうなという感覚が残っていて……。ユウヤさんや三ツ木さんをはじめ西陣で出会った人は、課題すらもオープンにして、最前線でブレーキをかけようとしているように見えたんですよ。

タナカ:そこまで言ってもらえるのは嬉しいです……!

大藤:それに西陣は東京ほど巨大ではなくちょうどいい大きさだから、みんなで力を合わせたら産業を衰退ではなく別の流れにコントロールできるのかもしれない、と可能性も感じています。そうやっていくつもの期待値が重なり合って、面白そうだなってところからプロジェクトに加わっています。

「西陣」の「にし」=24から生まれたロゴ

今回、大藤さんは西陣ネイバーフッドのロゴを制作してくれました。関わる中で見えてきた西陣のイメージやこれから描きたい未来を形にしてくれています。

タナカ:「西陣」の字からは、「西陣織」や「京都」といった言葉が連想されます。もちろんそれらも大切ですが、僕が10年以上このまちに関わって見えたのはグラデーションある西陣の姿です。西陣織関係の人もいるし、若い人も住んでいるし、スタートアップを立ち上げている人もいる。そうした新しい西陣の姿を表現してもらえないかと、大藤さんに相談しました。

大藤:西陣は伝統文化の場所。伝統文化の解釈を、古い物を保管しているだけと思っている人もいますが、それは「保全活動」です。果てしないトライアンドエラーの繰り返しで、生き残ってきたものが「伝統文化」として残っているはずです。変化しつづけることこそが伝統文化の最前線なのではないかと考えて、あえてロゴのキーカラーは決めずにグラデーションにしようと決めました。そこでWebサイトをつくる三ツ木さんに、モーションのプログラミングを組めないか相談して。

三ツ木:あと、ダイバーシティですよね。古いものから新しいもの、若者から年配の方。さまざまな方がいる多様性が西陣を生み出していることを色で表現できないかと考えて、ロゴのモーションを設計しました。

タナカ:そうしたことに加え、「西陣」の文字を眺めていると、「にし」から「24」という数字が思い浮かびました。職住一体で24時間いられるまちであってほしいと願って、そこから毎月24日を西陣の日と勝手に決めてTwitterで「#毎日24日を西陣の日と言いたい」を投稿したり、何かしらイベントをする際は登壇者を24人にしたりするなど、「24」を掛け合わせるようになりました。
まちのイメージを数字で表すという新しさをロゴでうまく表現いただいてありがたいですね。

西陣ネイバーフッドのロゴ

 

大藤:なんだか今回、新しい文字を作り出した感覚があって。コミュニケーションハブのためのロゴを作っている感覚が強かったですね。アルファベットや数字だと世界中で使われているので、「二」と「四」の漢数字を選んで、新しいひと文字を表現しました。ロゴを見ただけでは「にーよん」「にじゅうよん」って読むのかわからなくて、「どう読むの?」ってところから会話が生まれても面白いだろうなって。

三ツ木:Webサイトのドメインも「https://24jin.jp/」と「24」を入れました。見た人が、いい意味での違和感から興味を持ってくれるといいですよね。

西陣の「玄関口」としてのネイバーフッド

東京在住の「ネイバー」として西陣ネイバーフッドの立ち上げから関わってくれることになった大藤さん。足を踏み入れて、改めて感じている西陣のまちや西陣ネイバーフッドの可能性とは何でしょうか?

大藤:コロナの影響でリモートワーカーや旅しながら働く人が増えましたよね。今ってツールが発達しているからどこでも仕事ができるんだけど、ほとんどの人が住んでいるまちの仕事を引っ張ってやっているだけ。僕も東京の仕事を持ち歩いています。でもそうじゃなくて、訪れた先で僕も地域に貢献できる仕事をしたいと思っていました。

大藤:一昔前は、顔の広い喫茶店のマスターに紹介してもらうみたいなノリだったと思うんですけど、西陣ネイバーフッドみたいな中立的なプラットフォームがあれば多くの人が旅先で仕事をつくりやすくなります。僕もタナカさんたちの信用を借りて、西陣で仕事をしていますしね。そういう事例をいちクリエイターとして残せたら面白いなって思います。

タナカ:大藤さんが1.5拠点生活をすると聞いた時、すごく嬉しかったです。会う機会も増えるし、一緒に何かしらできるなって。ほんと大藤さんみたいな人が増えていくといいですよね。その中からはゆくゆく移住する人も出てくるかもしれません。
逆に、京都から離れる人も、西陣ネイバーフッドがあることで、西陣と関わりつづけられる機会にはなるのかなと。もう一つの地元みたいに思ってもらえるようになっていけばいいですね。

大藤:そうですね!

タナカ:僕が10年近く前に西陣に関わりはじめたときは、すごく敷居の高いまちだと思っていました。今ももちろん思っています。ただここ数年、多様な西陣の姿を見て、実は敷居が高いと思っているのは外の人だけかもしれない、と考えが変わりつつあります。西陣ネイバーフッドを通して、中の人も外の人も行き来してもらい、事業者との接点をつくりながら何かしらプロジェクトや事業が生まれていくと嬉しいですね。

タナカ:西陣という場所は逃げないので。毎月24日になったら西陣を思い出すとか、何か関わろうかなと思うとか、一歩を踏み出す人たちを僕らとしても応援していきたいです。

三ツ木:人は逃げるけど、場所は逃げない。まさにそうですね……!

タナカ:大藤さんが第二の故郷と言ってくれているように、西陣を帰ってこられる場所と思ってもらえるよう、みんなで大切に西陣ネイバーフッドを育てていきたいと思います。

執筆:北川由依


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