作り手と、伝え手と、使い手と。 世代・事業を越え、西陣から生まれる物語

2022.02.21


「西陣」の名前を冠した伝統的工芸品、西陣織。その歴史は古く、一説によれば、起源は5・6世紀の古墳時代にまでさかのぼるとか。先染めされた色鮮やかな糸によって、繊細に織り上げられる織物は、日本を代表する工芸品のひとつとして、世界にも知られています。

そんな西陣織を手がける「有限会社フクオカ機業」は、明治35年の創業。代表取締役を務めるのは、四代目の福岡裕典さん(以下:裕典)。となりで強力なサポートをするのは、女将の福岡斗紀子さん(以下:斗紀子)。そして、生産の過程で発生する廃棄素材を使ったアクセサリーブランド「sampai」を展開する、「頼-tano-」代表の宮武愛海さん(以下:宮武)です。

今回は、和気あいあいとしたメンバーが、一同に介しました。ものづくりというキーワードで、事業を越えた絆で繋がる3人。まずは、それぞれの取り組みの紹介から、賑やかなトークがはじまります。

福岡裕典さん(有限会社フクオカ機業 代表取締役・伝統工芸士 / 写真右)
福岡斗紀子さん(有限会社フクオカ機業 ・四代目女将 / 写真左)
明治35年創業の西陣織の織元「フクオカ機業」。大正時代には、西陣で初めてジャカード機を用いた織物制作に挑戦。着物や帯などの伝統的な商品はもちろん、炭素繊維を用いた新しい織物の開発など、積極的な挑戦を行っている。

宮武愛海さん(sampai代表)
「産廃を減らす、思いを紡ぐ」をモットーに、産業廃棄物をアップサイクルしたハンドメイドアクセサリーを展開する「sampai」を2021年6月にスタート。若者への伝統産業・地域産業の認知向上に取り組んでいる。

絹織物の産地、西陣

裕典:私がこの世界に入ったのは、19歳のとき。フクオカ機業の四代目として生まれたから、小さな頃から職場の手伝いをしていたけれど、正式に入社したのは平成元年です。バブルが弾けるなど色々な課題がありましたが、伝統と技術を守っていけるように、一生懸命頑張っています。

斗紀子:西陣織には、およそ20の工程があり、それぞれが分業制なんですよ。だから私たち夫婦も分業で、っていうのが、最近の謳い文句。夫が作る方なら、私の使命は発信すること。イベントで外に出るときは、「お母ちゃん」じゃなくて、ちゃんと「女将って呼んでね」と言っています。

裕典:うちの特徴は、デザインから糸染め、製織までの工程を一貫して手掛けていて、完全オーダーメイドの注文にも対応していること。そして、炭素繊維を使った西陣カーボンの織物もつくっていることかな。絹織物の産地・西陣から、画期的な取り組みが生まれたって、国や府、市からも評価していただいて。

ジャカード機で織り上げる、フクオカ機業のカーボンファイバー。

斗紀子:コロナ前まで、裕典さんはせっかくものづくりができる職人なのに、ずっと営業さんみたいにあちこち飛び回っていましたから。コロナ渦になって売上的にはダメージも大きかったけれど、何もかもがオンラインになったおかげで、工房の中にいられる時間が増えて。頭の中をもう一度ゆっくり整理して、また原点に返ってものづくりができるようになったのは良かったかな。

裕典:出張に着物や帯をそのままは持っていけないし、生地だけを見てもらっても、なかなかお客様新しい発想は生まれないからね。

宮武さんにも、うちで出た余りの糸からアクセサリーをつくってもらっているけれど、着物を着ているときにこそ身につけてもらえたら嬉しいよね。全身フクオカ機業のコーディネート、という感じで。

宮武:あっ、それ良いですね!ちょうど成人式向けのオーダーメイドを受けていましたし、もっと何か展開できないかなって考えていたところだったんですよ。

フクオカ機業の絹糸を使った、sampaiのアクセサリー。

宮武:私はフクオカ機業さんの糸だけじゃなく、西陣の伝統産業から出る色々な廃棄素材を使わせていただき、ハンドメイドでアクセサリーをつくっています。せっかく身近にこんな熱い想いを持った人たちがいるのに、私たちの年代で西陣に足を運ぶ人は多くなくて。ただアクセサリーの販売がしたいというより、伝統や地域と関わる機会をつくりたくて、sampaiを立ち上げたんです。

斗紀子:こんなに言ってくれているけれど、宮武ちゃんは西陣の出身じゃないのよね(笑)

宮武:そうですね(笑) お二人は西陣に根付いているけれど、私は流れ着いたという感じです。最初、大阪から京都に引っ越してきたときは、ホテルで働いていたんですよ。そこで着物の着付けは一通り習っていて。着物の古着を置いてあるお店が好きで良く行っていて、それがちょうどフクオカ機業さんの辺りにあったんですよね。

だから、もともとこの地域には来ていたけれど、それが「西陣」だって知ったのが1年半前くらいかな。関わるようになってから、来るたびに面白いものをたくさん見れるし、知識もどんどん増えていくし。京都の中心部からのアクセスも良くって、こんな新しい発見ができる場所ってほかにはないなと、居心地が最高でずっと居座っていますね。

通い続けた中で、うまれたもの

裕典:うちと最初につながったのは、「西陣サロン」のときだったかな?

宮武:まだsampaiを立ち上げていない頃でしたね。西陣サロンっていう異業種の方々が集まる交流会が、月イチであったんです。そこに出入りしている中で、初めて斗紀子さんに出会って。

斗紀子:西陣の店舗さんを、動画中継をしながら巡る企画をつくってくれたんだよね。英語の同時通訳もつけて、Facebookの生放送で。

宮武:それが終わった後、斗紀子さんに相談をしに行ったんです。起業する友達に向けて、なにか西陣に関係するものをプレゼントできないかなって。そこで、西陣織を使ったネクタイはどうかなと、話がはずんだんですよね。

斗紀子:私たちはネクタイを商品にしたことがなかったけれど、親戚にできる人がいたから、相談して作ったんだよね。フォーマルでもカジュアルでも使えるような、ピンクのネクタイ。もちろん、西陣織でシルク100%の。

裕典:他の人からの評判も良かったから、また勝手につくってみたんですよ。

宮武:工房にくるたびに、なんかどんどん増えてるやんって(笑)

斗紀子:宮武ちゃんの偉いところは、一度会っただけで終わらずに、何度も通い続けてくれていることだよね。だから、西陣サロンの出会いから今まで、こうして関係が続いている。会社の決済システムをどうしようかなって悩んでいたときも、知っていたかのように来てくれて。「今、聞きたかってん!」って、タイミングばっちり。力強い娘ができた感じ。

宮武:私、自分が何かをやりたいときだけお願いしに行くってスタイルが嫌で。何でもない日にも訪問して、何でもないことだけれど一緒にやっていたっていう積み重ねを大切にしています。なにかお土産を持っていくとか、相談しに行くとか。最初にあった「通い始めた理由」がどんどんなくなって、最後は理由もなく行けるようになると、良い関係になったって言えるのかな。

2021年3月にネクタイをお願いして、4月に取りに来て、6月にはsampaiを立ち上げて。11月、sampaiの新作に取りかろうとしてたとき、お世話になっているフクオカ機業さんと一緒にやりたいなと思って、相談してみたんです。

裕典:最初は、うちの工房に産廃なんてないと思っていたんですよ。生地はもともと尺が決まっているから、余りなんて出ないし。

宮武:これまで通っていた中で、ゴミ箱の中に糸が捨てられていたのを見つけていて、なんとなく頭の片隅にあったんですよね。「ない」っていうところに、何回も来ていたから、「あった」って気づけた。

斗紀子:ゴミ箱に入っているものの、綺麗な染糸で。ただ、捨てるしかない、本当の産廃だったんだよね。染糸は生地として織ると、やんわりとした色に落ち着くけれど、糸のままだともっと発色が良いんです。

宮武:まわりからは「これ、なんの糸ですか?」って必ず聞かれるから、西陣織の横糸です、ってきちんと説明できる。自分たちからプレゼンするんじゃなく、お客さんから質問をしていただいた上で、伝統産業の話に結びつけられるんです。

私は知りたがりだから、工房で「見に行く?」って言われたら、「行きます!」ってすぐ返しちゃう。でも、聞いたことをこれまで全然アウトプットできていなくって。もしかしたら相手の方は、「若い子に伝統を継承した」って思っているかもしれないのに、私、何も次に繋いでないやんっていう。他の人と違う経験ができたことに満足しただけでいいんか、って悔しくて……。だから、こうして事業として、伝統や地域のことを知ってもらえる機会をつくれるのが嬉しいんです。

斗紀子:私たちもずっとここでやっているけれど、情報発信はすごく難しいよね。これだけ世界に誇れる技術があるのに、特に若い子にとっては、なかなかすぐに手が出せる金額ではないし……。着物を着たかったら、普通は着物と帯さえ買ったら良いと思うよね。でも、肌着も長襦袢も足袋も帯揚げも……帯締めも草履もバッグも、全部必要なの。そうしないと完成しないの。

西陣織も、名前を聞いたことはあっても、歴史や作り方を知っている人は少ないでしょ。「西陣って呼ばれはじめて、2022年で555年になんねん」とか、「うちの会社ができて120年やねん」とか。会って、喋って、伝えていきたいことがいっぱいあるよ。

裕典:少し前に、SNSを使って工房の見学者を募集したことがあって。そしたら、「着物は欲しいけれど、着ていく場所がない」という意見が多かった。うちの着物を買ってほしいという想いは一旦置いておいて、まずは着物自体を楽しんでもらえる場所やきっかけをつくらなきゃいけない。

斗紀子:うちは綺麗な織物をつくる技術には自信があるけれど、企画力はまだまだ足りていません。だから、こうして想いを持った若い人が、どんどん関わってくれるのはすごく嬉しい。そしたら「着物を着る」という視点以外からの発信もできるし、西陣織のことにも触れてもらえる。アイディアを形にできる人と、一緒に取り組みができるのは嬉しいことですよ。ほんまに。

ものづくりの楽しさを、西陣から

裕典:呉服業界は流通が複雑で、ものづくりの職人には少ない対価しか入らないのに、流通の過程で高額になってしまうことがあります。今はインターネットから、みんなが色々な情報を知ることができますよね。原価を計算して、「こんな高いもの、買いたくないわ」って感じることも多いと思うんです。

宮武:sampaiでも、原価を計算してもっと安く売るのが妥当やろって思われる方もいて。ハンドメイド作家さん全体を見ても、値段を上げにくい状況が生まれているのかもしれません。でも、例えば糸をほどくだけでも1、2時間かかるし、材料以外にも人件費とか梱包作業とか、色々お金はかかってきます。ハンドメイドだって、伝統じゃないけれど、立派なものづくりのひとつ。ハンドメイドって安いねという風潮が、若い世代で生まれることって、後々伝統産業にも響いてくると思っているんです。

アクセサリーって、毎日目に入るもの。何か安すぎるものを買おうとしているとき、自分が買うものの価値が本当にそれであっているのかなって、気づくきっかけになってくれたら嬉しいです。

裕典:うちも、なぜこの価格になるのか、見てもらえばきちんと分かる。お店での販売価格も、ちゃんと決めています。むやみに高く売ったり、強引に売るつもりもありませんから。適正な価格は、私たち作り手が守っていかなきゃね。

裕典:西陣織は、60代で超若手と言われる世界。5年、10年先には、業界自体がなくなっちゃうかもしれない。だからこそ、次の世代を育てて、伝えていかなきゃいけない。

うちは10年くらい前から、20代や30代の若い職人を採用し、自社で職人として育成しています。無駄な経費だなんて考えたこともないし、絶対に身になることだと信じている。若い子たちの士気を上げて、「職人になって良かった」と感じてもらうこと。これが、今の私の仕事だと思っています。

斗紀子:ここの近くの小学校は、毎年6年生が工房見学に来るんですよ。そして卒業制作として、学校にある手機織りを使って、一人ひとり自分の柄の織物をつくって。卒業式には、歴代の卒業生の作品がずらっと並ぶんです。そんな風に、小さな頃からピュアな憧れを持ってもらっていたのに、いざこの世界に入ろうと思ったら「めっちゃ薄給やねん」じゃ駄目。ちゃんと誇りも持てて、しっかり所得もあってという産業にしていかなきゃ。

そのためには、職人の育成と同じくらい、着る人の育成も大切。もっと若い人にも、普段着としての着物の魅力も提案していきたいな。

宮武:京都は15万人も大学生がいるから、そのうちの3分の1の人だけでも、活動を通して伝統産業や西陣の魅力を知ってくれたら嬉しいな。大学生の期間はたった4年間しかないし、いずれ京都を離れるとしても、知ってから旅立って行ってほしいと思う。

そして、西陣に気軽に出入りできる人たちを増やしたいけれど、きちんと礼儀と敬意を持つことはやっぱり大切。「うるさいな」って思われることがあったとしても、sampaiの代表として、そこを教えられる20代でいたいです。

裕典:今、西陣の工房を巡るツアーを考えています。他の県や地域の方からすると、西陣は敷居が高くて入りにくいと思われているかもしれないし、特に若い人なら尚更。でも、素晴らしい熱意を持った近所の皆さんのことを、知ってもらいたいなと思っています。

西陣はもともと、ものづくりの町。世の中は自動化でどんどん便利になっているけれど、そんな中、ひとつひとつ真心を込めてつくるのが、何よりの醍醐味。この大切な産業を活性化させていきたいし、ものづくりの楽しさをこれからも一緒に伝えていきたいね。

執筆:小黒恵太朗
編集:北川由依


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