2023.03.09
堀川下長者町の交差点を挟んで、距離約600メートル。ここに、江戸時代からのれんを守り続けている、二軒の銘店があります。
ひとつは、石屋『芳村石材店』。もうひとつは、和菓子屋『京菓子司 金谷正廣』。それぞれを実家に持つ2人の作家が、今回コラボレーションを果たしました。
わずか徒歩10分足らずの距離に住みながらも、実はオンラインで「はじめまして」だったという2人。芳村石材店生まれの美術作家・山田愛さん(以下、山田)と金谷正廣6代目の金谷亘さん(以下、金谷)に、対談をしていただきました。
山田さんの個展に合わせてつくられた、金谷さんの和菓子。そのコラボレーションの背景から、日々の制作活動にかける想いまで。夜の街なかで、それぞれの視点が交わります。
山田愛さん
美術作家。享保年間創業の『芳村石材店』に生まれ育つ。京都精華大学デザイン学部ビジュアルデザイン学科卒。東京藝術大学大学院美術研究科先端藝術表現専攻修了。私たちが形をもつ以前の景色をテーマに、京都を拠点に数々の作品を制作・発表している。「第26回岡本太郎現代芸術賞」入選。https://www.instagram.com/_yamada_ai_/
金谷亘さん
『京菓子司 金谷正廣』6代目。京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)卒業後、一般企業に就職。祖母の他界を契機に、家業を受け継ぐ。京セラ美術館での「日本画和菓子」や、異業種の職人・アーティストとのコラボレーションに取り組むなど、代々伝わる技術を守りながらも、新しいものづくりに挑戦している。
山田:うちのおばあちゃん、金谷さんのことは「あの和菓子屋さんやんな」って知っていましたよ。でも、ちゃんとお会いしたのは今回のコラボが初めてでしたよね。お互い認識はしていたのに。
金谷:僕も「山田さんのビルは目立つな〜」って、ちゃんと知っていましたよ(笑)。地元やから「あそこのお店の息子さん、娘さんです」って言えば、何も確認しなくても信頼できますよね。直接話したのは、『つぎにし』がきっかけでしたね。僕がオンラインで登壇していたときの。
山田:タナカユウヤさん(株式会社ツナグム取締役)から、「参加しいや」って声をかけてもらっていたんですよ。私は参加者の一人だったんですけれど、金谷さんの発表がとても興味深くて。
金谷:美術館やアーティストさんとコラボして、和菓子をつくっていますっていう発表でしたね。
山田:そうです。その和菓子がとても美しくて。私もコラボできたら嬉しいなって、グループディスカッションの時間に駄目元でアタックしました。
金谷:駄目元やったんですか(笑)和菓子とは別にお皿のプロジェクトも進めていたので、山田さんの実家の石屋さんとも何かご一緒できそうと盛り上がって。じゃあ一回直接話しましょうという流れで、後日お店に来ていただいたんですよね。
山田:色々話しましたよね。
金谷:そうそう。山田さん、東京藝術大学院卒って聞いて、めちゃくちゃ驚きました。僕は京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)卒なんですけれど。芸大の院生で、しかも先端芸術の人なんて、ヤバい人が来てしまったって(笑)
山田:そんなそんな(笑)金谷さんも芸術を学んでいらっしゃったから、アートに理解があり、近しい感覚を持っている方なんだろうなって安心しました。そのときはまだ、次の作品や展示がはっきり決まっていなかったので、良いタイミングがあればという感じで一旦お別れしましたね。
金谷:ちょうどその頃『堀川新文化ビルヂング』で展示があったんですよね。たまたま見に行ったら、階段に飾ってあった作品が目に留まって。「これはすごいな」って思っていたんですけど、それが山田さんのものだったんですよ。だから、どれだけ待ったとしても、これから出てくる作品への期待や信頼がありました。
山田:その話、初めて知りました!嬉しい!そこから数ヶ月かけて、次の個展や作品の方向性が固まっていきました。個展会場は『kokyu kyoto』というギャラリーで、コーヒーを淹れたりされているので、和菓子とコラボレーションするならこのタイミングが良いなって、改めて「今回ご一緒できませんか?」とお話をしに行ったんです。
金谷:いよいよ、という感じでしたね。山田さんの個展には遠方からもお客様が来られるので、お土産にできるように、日持ちするものが良いなって話になり。そうすると、できることの選択肢がぐっと狭まるので、そこからは理想と現実との戦いでした。
山田:今回の個展「円相」では、悟りの境地や真理を意味する禅画の「円相」をモチーフとし、実際にお墓の聖地内に敷かれていた玉砂利を一粒ずつ磨くなどの工程を経て作品に落とし込みました。最初の打ち合わせではまだ構想段階だったんですけれど、金谷さんから提案していただいた和菓子の方向性がばっちりで。だから、割とスムーズに決まりましたよね。
金谷:いや僕、一回空振りしましたよ(笑)。「それは違います」って言われて。山田さん、判断がすごく早いんですよね。それに言葉が分かりやすいし、ちゃんと理由を説明してくれる。
山田:選択で迷ったときは、直感を信じているかもしれないですね。考え抜いたものより、直感の方が本当に近い気がしていて。
金谷:それだけ聞くと、「勘でつくっているんじゃないか」ってなると思うんですけれど、そこに至るまでに長い道のりをたどっているわけですよね。勘は経験に基づくものなので。その上澄みの判断って、人間にしかできないことだなって思います。
山田:そういえば、和菓子は最初、丸じゃなかったですよね。羊羹とかも提案してくださっていました。私は金谷さんの州浜(すはま、炒った大豆の粉と砂糖を水飴で練りあわせた伝統的な和菓子)が好きだったので、採用したいなってお伝えして。
金谷:完成した和菓子には、ごまを使っています。もともとごまって、禅宗の人たちがよく食べていたものなんです。そういった食材の歴史的な経緯と、展示のテーマが近しいなと思って採用しました。
それに高級なごまって、食べたらあかんもの、この世ならざるもの感ありません?
山田・取材陣一同:……。
金谷:あれ、僕だけですかね(笑)
まあ、打ち合わせが始まってから完成するまで、たしか2週間くらいでしたかね。中身も黒くするなど、色々とアドバイスもいただき出来上がりました。
山田:直接会ったのは2回くらいで、あとはメッセージを重ねるだけ。私、これってすごいことだなって思っていて。作品づくりは自分の思うように進めていけますが、誰かが介入すると、コントロールできない部分が出てくるじゃないですか。だから今まで、誰かと一緒に何かをするのって、簡単にできなかったんです。でも、今回は自分自身への挑戦も兼ねて、コラボ制作をやってみることにしました。
山田:個展のオープニングイベントでは、作品の世界観にあわせて、ワインバーの方がワインを出してくださったり、電子音楽家の方にライブをしていただきました。その中でも、金谷さんとは打ち合わせの回数が特に少なかったけれど、違和感なく進めることができたんですよね。それは同じ西陣で生まれ育ってきたので、身についている感覚に似ているところがあったからかもって思っています。
金谷:やり取りは、たくさんすればするほど良いものができる、というわけではないですからね。
僕は京セラ美術館さんとコラボレーションをすることが多いんですけれど、題材になる作品は収蔵品なんですよ。つまり、もう作家さんは亡くなられているんです。なので学芸員さんのお話を聞いたり、図録や文献を調べたりと、研究をしているような気持ちですね。これまで現代アーティストの方と数回コラボしたこともありましたが、生菓子で作ることが多かった。今回は新しい挑戦ができて、すごく楽しかったですよ。
山田:来てくださったお客様からの評判もとても良かったです。味も美味しいっていう感想も多くて。
金谷:味が美味しいのは当然ですよ。高級なごまも使いましたし(笑)
金谷:今回、展示が完成していく過程を見ることができて面白かったです。目には見えないところでも、面倒くさがらずにやらなあかんなって思うポイントが、いくつもありました。
山田:例えば、どんなところですか?
金谷:山田さん、すごい量の石を磨いていたじゃないですか。機械やAIの時代に一粒一粒手で磨くなんて、非効率ですよね。正直、見た目では全然分からないところやと思っていたんですよ。
金谷:でも完成した作品を見たら、その成果がしっかり現れていたんですよね。ちゃんとあの工程に意味があったんだ、こういった美意識の判断の連続でものづくりをされているんだって、すごく感動したんです。
山田:ありがとうございます。あの作品は特に完成までの過程を大切に制作しました。つくり始めは、完成形の明確なビジュアルをイメージしきらないようにしています。作品が完成したかどうかは、作品と対峙したとき、自分がどういう状態になるかで決めていますね。自分の感情が動かなかったり、余裕だったりしたときは、まだまだ作品の力が弱いんだなと思います。
金谷:自分がつくった以上の作品だと思うことができたら、完成ってことですか?
山田:そうですね。自分で考えられる範囲で収まっていたり、小手先だけでつくり出せるものではなく、自分を超えているものであってほしいですね。
金谷:その話を聞いて思うんですけれど、よく漫画やドラマで、皿を割っている陶芸家が出てくるじゃないですか。多分あれをやり出したら、誰でもそれなりのものをつくれるような気がするんですよね。
和菓子も100個つくったら、「これ、俺がつくったの?」ってくらい、良いものができることがあります。でも、それを量産していかなきゃいけないから難しいんですよ。0.1mmでも狂ったら駄目になるようなら、生産性がありませんからね。だから、なるべく振り幅を許容できるデザインの方が、格好良くできたなって思います。
山田:今回の和菓子、結局何個つくったんですか?私は石をいっぱい磨きましたけれど……(笑)。
金谷:1,200個くらいですかね。職人さんの中でも、考えるのが好きな人と、つくる方が好きな人がいるんですよ。僕は前者なので、「なんでこんなの考えたんだ!」って、過去の自分を恨みながらつくっていることがありますね(笑)。
山田:私はつくる方が好きかな……。石を磨いているときは幸せでした。
それに何より好きなのは、作品が仕上がる瞬間ですね。私は展示したときに初めて仕上がると思っていて。ギャラリーに持っていって、ライティングをして、それでようやく出来上がり。お客様を迎えることで、場も生きてくると思っています。
金谷:うちの店舗はイートインがないので、お客様が食べている様子を全然把握できないんですよね。だから意識しないと、どんどん世俗から離れていってしまう気がしていて。
僕は和菓子をつくったら、写真を撮って見るようにしています。すごく頑張ったことって、一回それを忘れないと正しい判断ができないじゃないですか。写真にすることが、僕にとって脳をリセットする方法なんです。過去の作品とも比べられますしね。
山田:客観的になるのって難しいですからね。100パーセント他人にはなりきれないですし。私の作品の場合は、あくまで自分自身を基準にするしかないのかなと。そして展示をして、他の人にも届いているなって感じたときは、間違っていなかったんだなと思いますね。
金谷:山田さんはこうして西陣を拠点にしているけれど、先端芸術の人って、そもそも地元に帰ってこないじゃないですか。
山田:どんなイメージなんですか(笑)。
金谷:名前の通り、尖っている(笑)。
地元に帰るときって作家活動やめようとか、趣味としてやろうっていうモードの人も多いと思うんですよ。でも、山田さんはこうしてガツガツ活動している。堀川新文化ビルヂングもそうだし、家の近所のバーでも展示していましたよね。
山田:そうですね。でも近所だからという理由だけでやっているっていうわけではないんですよね……。
私、まわりのものごとに対して、きっと何かの縁があるって思っているんです。たまたま出会う人や聞いた話の中にも、次につながる鍵が隠れているんじゃないかって。『つぎにし』に誘われて参加したときだって、「絶対この中に巡り合わせがあるぞ」と思いながら聞いていました。
金谷:そういえば僕も、地元には気が合う人はいても趣味の合う人はいないと思っていたことがあったんですけれど、意外とそうじゃないって気づきました。自分の活動を「理解されへんやろな」って諦めるんじゃなくて、どんどん言ってみるのって大切やなと。特にSNSとか、簡単で楽ですし。趣味が合うかどうかじゃなくて、話が合うかどうか。
「和菓子屋です」だけじゃなくて、「コラボしてます」って発信してみたから、色んなつながりができました。大学生とか、アートコレクターの方とか。ちょっと下や上の世代にも、興味が一緒の人たちがたくさん住んでいるんやなって、最近気づいたんです。
山田:京都は文化的なことに理解がある土地だと思うし、制作をしている人も、発表をする場所も結構多いですからね。私は自分が作家をやる上で、今の環境が一番良いと思ったから、ここに帰ってきました。芸術という界隈に限らず、色々な出会いがあるのも魅力だと感じています。金谷さんとも、また最適なタイミングが訪れたら新しいものをつくりたいです。
金谷:良いですね!実家の石屋さんとも何かやりましょうよ。『つぎにし』で話したときから頭の隅にあるのに、ずっと思いつかないので(笑)
山田:もちろん、いつでも!また話しましょう!
取材後記:
お二人が出会った「つぎにし」に、実は私もライターとして参加していました。また西陣のつながりから、山田さんの家業である芳村石材店さんのECサイトの撮影をさせていただいたこともありました。今回、取材としてお二人と再会することができ、嬉しくも不思議な気分です。ふとしたところで、こうしてつながり、輪が広がっていく。西陣はそういう魅力に満ちた場所だと、改めて思いました。
執筆:小黒恵太朗
編集:北川由依